保健主事・養護教諭のための防災教育~3つの生を守る~[2023年更新版]

本稿では東京臨海広域防災公園「そなエリア東京」で保健主事・養護教諭の皆様を対象とした研修会の内容を一部抜粋してご紹介します。

2023年11月、チェックリストや一覧表を含む記事を公開しました。合わせてご覧ください。

目次

養護教諭の負担をどうすれば減らせるか

養護教諭は多くの学校で一人職、大きな学校でも2人というのが基本的な体制です。ですがその役割は非常に重要で、業務も児童生徒への保健衛生指導、体調管理・心のケアなど多岐に渡ります。特に東日本大震災以後は「防災・安全教育」にも取り組まれる方(学校)も増えています。その一方で、防災・災害対応において専門的な知識や経験という点では「代われる人がいない」というのは大きな負担になります。負担が大きくなりすぎれば当然、体調不良などにつながります。そうなると学校・児童生徒の保健衛生にも影響します。

「養護教諭は何を備え、どう災害に対応するか」を考えることは「養護教諭の負担をどう減らせるか」を考えることでもあります。そのためには「その時”だけ”どうすればいいか」という短期的な視点ではなく「その時”までに”、そしてその時”から”どうすればいいか」という、災害を長期的な視点で捉える必要があります。

災害対応サイクルと「3つの生」

「災害を長期的な視点で捉える」ヒントは、2015年3月に仙台で開催された『第3回国連防災世界会議』で採択された成果文書『仙台防災行動枠組2015-2030(骨子)』にあります。この防災行動枠組で強調されているあるキーワードが、保健養護の先生方の防災、災害対応と関係してきます。

◯ 仙台防災行動枠組み2015-2030骨子.pdf_外務省HP

そのキーワードは『Build Back Better(ビルドバックベター、より良い復興)』です。基本的な考え方として含まれる『Resilience(レジリエンス、回復力)』とも関連します。一般的に防災というと、災害が起こる前にどうするか、ということが中心でした。もちろん、事前の対策は前提条件ですが、事前の対策の考え方に「完璧に被害を抑え込もう」ではなく「被害が出てしまうことを想定して、どうやってその被害を最小限に留めて、回復(復旧復興)していくか」、そして「ただ元どおりにするのではなく、次の災害も考えて、より良いかたちで復興する」という考え方を取り入れる、ということです。

被災から復旧・復興までをとらえる『災害対応サイクル』

災害サイクルは、を災害を”その時だけの出来事”として捉えるのではなく、被災前から復旧・復興にいたる時系列の中で捉えることです。災害サイクルそのものにはいろいろな捉え方、考え方がありますが、本稿では特に防災教育や災害支援の視点からご紹介します。


上記の図では「被災」とはその瞬間だけを示すのではく、救助救出など生命を守るための行動から、避難所や自宅での避難生活、そして仕事や学業など人生の再建まで一連の環境を示しています。そして、それは単なる物理的環境(例えば自宅が倒壊して、避難生活をして、転居して新しい生活が始まるなど)だけで捉えられるものではありません。『新しい生活が始まること』と『支援が必要なくなる』ことは、同じ意味ではありません。

そこで必要な考え方が「3つの生」です。

養護教諭にとっては災害医療や保健・衛生のサイクルも関連します。医療・保健関係はより迅速に対応する必要があるため、サイクルの回転が早くなります。

被災を個人の生命・生活・人生でとらえる「3つの生」

3つの生とは、生命、生活、人生の頭文字をとったものです。3つの”生”は歯車のようにそれぞれがつながっていて「どれかひとつ守れば大丈夫」というものではありません。防災や災害支援の最大の目的は生命(いのち)を守ることですが、自分の「生命(いのち)」だけが助かればそれでいい、ということではありません。

特に養護教諭の方々は、児童生徒や教職員の心とからだの健康に関わります。家族や友人、財産を失うこと、強いストレスや恐怖に苛まれること、将来への希望が持てるかどうかは、時間経過や環境が変化することに関わらず、大きな課題となる可能性があることを忘れてはいけません。

たとえ生命が助かっても、生活に支障があれば体調を崩すことがありますし、将来に不安が持てないかもしれません。生活に支障がなくても、将来に不安があれば、自ら命を絶ってしまう、ということにもつながりかねません。どの歯車が欠けても、ほかの歯車に影響します。 生活や人生に関わる被害から守ることも、防災、そして災害対応の目的に含まれます。

「3つの生」の大切さについては、以下の記事で紹介するような避難所運営・避難生活と合わせて考えると、より具体的になります。なお、この考え方については、避難所運営・避難所運営ゲーム(HUG)の指導においても強調しています。

図のタイトルにあるように「誰ひとり取り残さない」、インクルーシブ防災でも大切な考え方です。特別支援学校など配慮が必要な児童生徒、その家庭にとっての3つの生をどのように守り、支えるかがポイントです。

特に防災教育を実施される場合は「その防災教育で伝えたいことは、いったい誰の何を守るための教育なのか」ということを、指導者自身が明確にして、学習者に伝えることが求められます。養護教諭の方々は、特に生活の部分で避難所や災害トイレをテーマとした防災教育などが、アプローチしやすいと思います。

保健主事・養護教諭の災害”対策”

では、具体的にどのような対策をしていけばよいでしょうか。冒頭にも述べたように、事前の対策は長期的な視点を持つこと、3つのLを守ることが重要です。特に「生命(いのち)」は事前の備えが大切です。災害時の安全行動、家具(保健室内のオフィス家具も)転倒防止、初期消火、応急手当などはもちろん、安否確認、情報収集など養護教諭自身の備えも欠かせません。

さらに学校防災においては、体育館や校舎各所の安全点検、保健室での医薬品や衛生用品の備えが必要です。できれば、管理職や他の教職員も含めた緊急時の労務計画、健康管理体制なども予め学校安全計画、または細目として定めておくと良いでしょう。

『養護教諭のための災害対策・支援ハンドブック』を参考に、各校で活用できそうなチェックリストを作成しました。それぞれ、誰が、いつ、どのタイミングで、どのように行うか、また課題があった場合はどうすべきかを整理するためにお役立ていただければ幸いです。

本稿冒頭でも紹介しましたが、実際に被災した学校の養護教諭の皆さんが研究事業で作成したチェックリスト等を こちらの記事 に掲載しています。

発災前~発災直後の校内施設安全点検チェックリスト

体育館(避難スペース指定場所)

□ 出入口の戸が外れやすくなっていないか。
□ 窓枠、窓ガラスなどが破損したり、外れやすくなったりしていないか。
□ 窓ガラスの破損防止は、完全な状況になっているか。
□ 床に埋め込んである金具類(支柱の穴等)のゆるみ、浮きや破損はないか。
□ 床面が滑りやすくなっていないか。
□ 床板や壁が破損していないか。
□ 巻き上げ器具(バスケットゴール等)は正常に動作し、危険はないか。
□ 壁、天井等に取り付けられている器具や照明器具等が落ちやすくなっていないか。
□ 体育器具類(支柱、跳び箱、マット等)の破損や異常はないか。
□ 器具庫の整理整頓は良いか。
□ カーテン(暗幕)、カーテンレールの破損はないか。
□ 施錠に異常はないか。
□ ギャラリーに危険はないか。(床板、柵、梯子等)
□ その他、危険な箇所はないか。

体育館(避難スペース指定場所、その他)の安全点検チェックリスト
□ トイレの故障はないか。
□ 換気は適切か。
□ 清掃状況は良いか。
□ 担架、毛布などの管理状況の確認。
□ 非常階段や非常口に異常はないか。
□ 通行の妨げになるものはないか。
□ 防火シャッター(扉)等に不要物は放置されていないか。
※使用できない場所や危険な場所には、「使用禁止」等の表示をする。

保健室や学校での備蓄品等

学校で備蓄できるものは、予算や法的な面で限りがあるかと思います。下記に記載しているものは、常時備蓄というよりは、仮に避難所となった場合に必要となる可能性があるものを挙げています。

●応急処置に必要なもの
□ 消毒用エタノール
□ 三角巾、伸縮包帯(大)(中)(小)、ネット包帯(M)(L)
□ 清浄綿、カット綿、脱脂綿
□ 滅菌ガーゼ(S)(M)(L)
□ 衛生ハサミ、ピンセット、毛抜き、綿棒
□ 副木(S)(M)(L)
□ 紙テープ
□ 救急絆創膏
□ 携帯酸素 ※特別支援学校等、配慮が必要な児童・生徒がいる場合等
□ コールドスプレー
□ 使い捨て手袋、使い捨てマスク
□ 人工呼吸用携帯マスク、AED(自動体外式除細動器)
□ 温・冷湿布
□ 軟膏(虫さされ、かゆみ止め)

●衛生管理に必要なもの
□ トイレットペーパー
□ 生理用ナプキン
□ 手洗い用石鹸、速乾性手指消毒液
□ タオル、ビニール袋、ゴミ袋、厚手のゴム手袋(嘔吐物、汚物処理に)
□ 水[飲料用]、水[洗浄用]
□ 毛布・タオルケット
□ ティッシュ、ウェットティッシュ
□ 塩素系漂白剤、逆性石鹸
□ マスク
□ 食品用ラップフィルム

●その他、避難生活で有効なもの
□ 防寒・防熱対応アルミックシート
□ 保冷剤、湯たんぽ
□ 爪切り、洗面器、油紙
□ 虫よけスプレー
□ ライター(マッチ)、ろうそく、キャンドル(アロマ等も)
□ 割りばし、ストロー、紙コップ
□ ガムテープ
□ ロープ、ブルーシート、バケツ、ダンボール
□ ぞうきん
□ 使い捨てカイロ
□ 塩飴(水分と併せて熱中症対策)

保健室のセキュリティを学校全体でも考えておく

保健室の備品の盗難や無断使用を避けるために常時施錠する、あるいは24時間常駐して、というのは現実的には困難です。世間社会的に保健室は「学校の中で災害時に役立ちそうなものがある場所」、「何とかしてくれそうな場所」と認識されているのは間違いありません。また、女性しかいないという環境も生まれやすいため、職員室や校長室、事務室などと同様、セキュリティの面も考える必要があります。

児童生徒・保護者、地域住民、保健委員会等との協力も積極的に

筆者自身の経験からも、必ずしも児童生徒や保護者は「助けられる」側ではありません。配慮すべき点はありますが「助ける」側にもなるのだ、と考えます。そして、学校防災にも積極的に関わってもらえるような工夫をしていきましょう。

危険のない箇所の点検や清掃など、できることは様々です。養護教諭だけではできないこともたくさんありますので、児童生徒・保護者、地域住民、保健委員会等で防災について話し合う、考える機会を積極的に持てると良いでしょう。避難所運営協議会などが設置されている場合は、毎回でなくても良いので、養護教諭も参加したり、資料を共有したりすることをオススメします。

保健主事・養護教諭の災害”対応”

災害後の対応については、特に生活と人生が関わります。代表的な例としては、一時的な避難生活、つまり避難所の運営や安全衛生管理です。児童生徒や教職員の安全衛生管理はもちろんですが、避難所には妊産婦・乳幼児、障がい者、高齢者など、様々な配慮が必要な方がいるかもしれません。

また児童生徒も含めた女性への細やかな配慮が必要な場面もあります。保健衛生管理の責任者となることは、権限を持つことでもあります。積極的にルール作りに参画、発言し、避難生活の環境改善に取り組みます。

災害時に最優先で確保すべき安全衛生の3要素

災害時にまず確保したいのが下記に示す『安全衛生の3要素』です。順番としては「がまんせずにトイレに行ける」、「適切な食事・水分がとれる」、「安心して休憩・睡眠がとれる」という環境をできるだけ早く作るということです。

見逃さないようにしたいSOSサイン

長期化する避難生活では、児童生徒や教職員、そして避難者の体調不良のサインを見逃さないことが重要になります。養護教諭だけが知っているノウハウや経験則も重要ですが、ポスターにする、資料を配布するなどして、児童生徒や避難者自身が自覚できる、早期発見できるような体制づくりも必要です。

児童・生徒の心のケアやセルフケア

避難生活がある程度落ち着く、あるいは避難所が閉鎖・移転することになっても、災害は終わりません。被災から一ヶ月、半年、数年経つうちに心身にかかる負担の影響が出始めます。

「うちは直接被害が出てないから…」と思うこともあるかもしれませんが「被災する=直接被害を受ける」ではありません。強い恐怖心を感じたりすることも「被災体験」に含まれます。


また、そうした「被災体験」や心に受けたストレス、不安などは『生徒と身近な養護教諭(教諭)なら、すぐに相談してくれるだろう』と思ってしまいがちです。下記記事でもご紹介していますが、必ずしも「身近な人だから相談しやすい」とは限りません。

どんなにケアができる体制を整えても「相談できない、しにくい」児童生徒や教職員もいることを考えると、いかに「セルフケア」を促すか、という視点も重要になります。ワークシートやプリントなどを有効に活用して、被災前、そして被災後でも「心の健康」について考える機会を積極的に作っていただくことが重要です。

関連記事・参考書籍等

下記の記事 は養護教諭を対象とした防災アンケート調査や、被災経験のある学校の養護教諭の皆さんによる研究を踏まえてご紹介しています。本記事と併せてご覧ください。

参考書籍としては以下があります。

◯ 『養護教諭のための災害対策・支援ハンドブック』小林朋子(編著),静岡県養護教諭研究会,2015|Amazon

養護教諭、保健主事が学校防災においてどのような備えをしたら良いかが、時系列で分かりやすく掲載されています。チェックリストや広報資料のテンプレートなどもCD-ROMに含まれていますので、少しアレンジするだけでどの学校でも応用できます。

  

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