発達障害と防災~「インクルーシブ防災」実現のために私たちにできること~

この記事は2015年9月に公開し、2022年12月に更新しました。

本記事は2015年度講座の記事となります。2016年度講座の記事については 下記の記事 をご覧ください。

目次

きっかけ~発達障害児向けの教材開発協力~

2015年9月、東京女子大学で杉並区発達障害児地域支援講座・発達障害児支援講演会第2回「発達障害と防災」が行われました。同講座は、東京女子大学が杉並区の受託事業として実施しているもので、地域における発達障害児・者の育成を目的として行われています。関連のiPadアプリ開発事業に関わらせていただいていることと、杉並区民であることもあって、今回の講演会を担当させていただくことになりました。

インクルーシブ防災の考え方

冒頭、インクルーシブ防災の考え方についてかんたんなゲームで体験的に理解していただく工夫をしました。一例として、発達障害の方は『急激な環境の変化が苦手で、うまく対応できない方が多い』といった特性があります。ですが、それは発達障害の有無に関わらず、誰でも同じであることを体験していただきました。

災害のように『急激な環境の変化』に対応するのは保護者や支援者も周囲の人も、誰でも難しいものです。つまり、急激な変化をどれだけ抑えられるかということは、発達障害児・者だけでなく、みんなにとって、社会にとって共通の課題だということです。そして、インクルーシブな防災とは、『障害者だから』とか『障害者のための』といった区切りから一歩踏み出し『みんなで備える』社会を創っていくことなのではないかと考えています。

インクルーシブ防災の説明
「助ける/助けを待つ」ではなく「一緒に防災を考える」こと

インクルーシブ防災を普及していくうえで外せないのが、2015年の3月に仙台市で開催された第3回国連防災世界会議です。同会議では、仙台宣言と仙台防災行動枠組2015-2030が採択されました。障害者だけでなく、女性や若者など、これまでの防災では充分とは言えなかったステークホルダー(関係者)の防災への参画などが打ち出されました。

特に障害分野で強く言われたのがインクルーシブな防災、日本語では「誰も排除されない防災」です。僕は「誰も排除されない」という表現がイマイチ分かりにくいので上図のように「みんなで備える防災」と表現しています。当たり前のように聞こえますが、当たり前を当たり前に行うことは、簡単なことではありません。

参考資料:第3回国連防災世界会議|内閣府(防災担当)
     第3回国連防災世界会議 仙台開催実行委員会活動報告書|仙台市

東日本大震災の教訓

NHKの番組や報道で「障害者の死亡率は2倍」という表現を見聞きされた方も多いことと思います。詳しい調査結果や分析については、下記をご参照ください。

参考:藤井克徳(2012)『東日本大震災と被災障害者|高い死亡率と生活支援を阻んだ背景に何が、当面の課題を中心に』,障害保健福祉研究情報システム

様々な要素が重なった結果であること、そしてインクルーシブな防災の必要性を改めて示していることを、知らなければなりません。死亡率の相対的な高さは、施設入居率や地域でのサポート、そもそもの防災施策の有効性などが大きく関わっています。細かいことはテキストに記載していますが、”みんなの命を守る”ためには、地域全体での備え、障害や性別、年齢、そして家庭環境などを問わない、みんなで備えることが必要です。

問われた個別的な支援の必要性

東日本大震災は、極めて広い範囲に大きな被害が出ました。従って被災された方の数も多くなりました。当然、その中には高齢者の方、障害をお持ちの方もいます。ですが、行政(広く消防や警察、自衛隊等も含む)の対応は原則として公平・平等に行われます。「津波が来るので逃げてください」という声かけはできても、逃げることのできない方をひとりひとり見てまわることはできません。結果として、避難できずに取り残された方々がいました。

たとえ「避難行動要支援者名簿(リスト)」や各自治体の助け合いネットワーク等に登録していたとしても、災害状況により、必ず助けてもらえるとは限りませんし、高齢や障害に見合った避難行動の支援が受けられるとも限りません。寝たきりで全介助が必要あったり、酸素吸入が必要な方のところに、民生委員さんお一人では支援が難しいかもしれません。助けに向かった支援者自身も、介護している方と共に被災し、亡くなられた事例もありました。

そこで問われたのが【個別支援計画】です。それぞれの状態に見合った、避難行動・支援の計画を予め作って起き、支援関係者で共有しておきましょう、という考え方です。その前提となるのが【災害時の自助】の考え方です。

インクルーシブ防災の必要性が生まれる背景には『防災は行政が行うもの』という、日本人が持つ根本的な考え方というか、姿勢があります。1995年の阪神・淡路大震災以降に【自助・共助・公助】という考え方は広まっていますが、言葉を知っているだけでは、意識は変わらないものです。東日本大震災での教訓を無駄にしないためにも、本当の意味での【自助】の備えが求められています。

自助共助公助の心構え
公的支援が基盤は変わらないが、まず個人・家庭・地域で備える

助けを必要とする全ての人への『合理的な配慮』

個別支援計画と共に、課題となったのは【合理的な配慮】という考え方です。先ほど述べたように、行政による支援は原則として公平・平等です。ですが、発達障害など特別な配慮が必要な方がいます。その配慮に応じて何かをプラスする、あるいはマイナスして、調整することが必要となりますまり、その方の生命や生活を守るうえで必要な配慮であり、合理的に考えて認められる配慮、ということです。

例えば、自閉症的な特性の強い方に静かで一人になれる空間や時間を提供する工夫や、授乳スペースや赤ちゃん・小さな子供が集まれる場所を作ることなどが挙げられます。全体で見れば平等ではないかもしれませんが、その配慮には合理的(=誰もが納得できる、理解できる)な根拠が存在します。

重要なのは根拠を「合理的」に説明できることです。かわいそう、大変そう、何とかしたいなどの「感情的」配慮だけでは、「私だって大変なのにどうして」といったトラブルにつながりかねません。当事者やご家族、支援者による働きかけと、周囲の理解や協力が必要です。

それらが避難所における「みんなで考える防災」であり、インクルーシブ防災の一面と言えます。

災害と防災対策の基本-3つの生を守るために-

次に、具体的に何をどう備えていくべきかについて考えます。障害当事者とか支援者とか関係なしに、まず誰もが知るべきこと、やるべきことは何かを中心に考えなければなりません。それを「僕は3つの生」を守る備えと整理しています。3つの生とは、生命・生活・人生それぞれの「生」のことです。

それぞれの生は歯車のように噛み合っており、どれかひとつでも欠けてしまったら、ほかの2つに影響します。命を守ることは防災の「目的」ではなく「最低条件」です。その後どうするのか、ということも考えることが必要です。

それぞれについてのヒントは下記の記事も併せてご覧ください。

配慮が必要な子どもたちのこまりごとと備え

次に配慮が必要な子どもたちの困りごとについて考えていきます。今回は「発達障害と防災」を例に紹介します。様々な資料が公開されており、かなり詳しく言及されているものもあります。そんな数ある資料の中ご紹介・活用させていただくのは、東京女子大学の前川あさみ先生による 災害と発達障がいリーフレット(障害保健福祉研究情報システム) です。

ほか参考資料:災害時の発達障害児・者の支援について国立障害者リハビリテーションセンター

(注)実例や体験談については守秘義務に反しないよう配慮しています

なぜこの冊子をご紹介するかというと、具体的なシチュエーションが記載されていることです。障害児・者の防災において、もっとも配慮しなければならないのは、それぞれの個性や特性に合わせた備えや対応が必要だということです。そして、個性や特性は、特定のシチュエーションにおいて強く現れます。このため「他の人はこうだったらから、こういう備えをすれば大丈夫です」と断言はできません。

“例えば”ですが「いろんな椅子が大好きで、いくつも並んでいると楽しそうに座って落ち着く」子がいます。その環境を整えたら、別の子が「椅子の上を渡って歩くのが楽しくて、止められると不安定になってしまった」という場面です。”例えば”の対応では、不安定な子は身体を動かせる別の遊び(その場にあった新聞紙を丸めてチャンバラごっこ)に誘う、などがあります。

ポイントは「何を備えたか」ではなく「落ち着く・不安定になる」シチュエーション、原因が何かを観察して対応することですが、あえて備えるのであればそのヒントは日常にあるはずです。

家族・支援者は本人と一緒に具体的な想像をしてみよう

それぞれの個性や特性に応じた「こういう場面の時、こういう行動をとるかもしれないから、こういう備えをしておこう」という、具体的な想定が重要だということです。災害の知識がなくても、日常生活での経験からイメージできる範囲で構いません。

具体的な想定をするためには、災害時の時系列を考慮したシミュレーションが有効です。下記の記事から備えに活用できる教材をダウンロードできます。もし、具体的なシチュエーション想定で心配なこと、不安なことがあれば遠慮なくお問い合わせください。

すき・きらい、やりたい・やりたくない、などの確認を

「起きてもいないことを想像なんてできない」という場合もありますので、家族・支援者がシミュレーションしたなかで特に課題になりそうなポイントについて「すき・きらい」、「やりたい・やりたくない」などを個別に確認してみましょう。「すき」なモノやコトがあれば、被災後もできるだけ継続できるようにします。「やりたくない」ポイントについては、できるだけそうならないような備え(防災グッズやサービスの利用等)が必要です。

状況別の本人と支援者の備え

リーフレットの事例を参考に、具体的なシチュエーション別の備えを、本人と支援者に分けて考えていただきました。一部テキストから抜粋したものをご紹介します。全文はテキストに掲載しています。

ちょっとした工夫をひとつご紹介します。ほとんどの学校(避難所)には椅子や机があります。椅子もしくはダンボールを切り抜くなどでも構いませんが、それに<お気に入りのタオルケットや毛布などをかけて応急的な「プライベートスペース・ひみつきち」を作ることができます。

写真は撮影用に背面を開けていますが、椅子やダンボールのサイズによって上からバサッとかけるだけで子どもなら上半身全部、大人でも肩から上くらいが隠れます。中にはケミカルライト(ポキッとと折ると光る)やLEDライトなど、本人が好む灯りを必要に応じて入れておきます。特にケミカルライトは光量や色が幅広く、優しい明るさなのでオススメです。

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